データ | 医療機関のサイバーインシデント

医療機関サイバーインシデント年表 2021–2026— 侵入経路・停止期間・漏えいの有無を一次情報で整理(継続更新)

公開: 2026年10月 | 執筆: HealthLegal | 病院・自治体・調査委員会の公表資料と厚生労働省の公表資料だけを出所として作成(民間ブログ・報道の数値は転記していません)

3行まとめ

  • 1.2021年以降に公表された国内医療機関のサイバーインシデントのうち、病院・自治体・調査委員会の一次資料で確認できた10件を、侵入経路・電子カルテの停止期間・漏えいの有無・当時の構成の列で1表にまとめました。報道だけが出所の数値は載せていません。
  • 2.侵入経路が一次資料で特定または推定されている5件のうち4件は、保守事業者・委託先のための外部接続(VPN装置・保守回線)が入口でした。電子カルテ製品そのものの脆弱性が入口と特定された事案は、この表にはありません。
  • 3.調査報告書が「閉域網であるから脆弱性対策が行われていなかった」(岡山県精神科医療センター)、「誤った閉域網神話」(大阪急性期・総合医療センター)と書いているように、「閉じたネットワークだから安全」という前提そのものが、対策の空白を生んだと指摘されています。

1. この表について

ランサムウェアの被害を受けた病院が、調査報告書や経過報告を公表する例が増えました。報告書には、どこから侵入されたのか、何日止まったのか、なぜ広がったのかが具体的に書かれています。一方で、まとめ記事の多くは報道の数字を転記しており、原文に当たれないものが少なくありません。

この表は、病院・自治体・調査委員会・厚生労働省の一次資料で確認できた内容だけを載せています。原文で確認できない項目は「未確認」と書き、推測では埋めていません。新しい公表や報告書が出たら行を追加・更新します(最終更新日は記事冒頭の日付です)。

列の意味は次のとおりです。

  • 侵入経路: 報告書・公式発表に書かれた入口。「推定」は報告書自身が推定としているもの。
  • 当時の構成: 被害を受けたシステムが、外部と切り離した院内ネットワーク(閉域網)とオンプレミスのサーバーで構成されていたか。報告書に記述があるものだけ書いています。
  • 停止期間: 電子カルテなど基幹システムが使えなかった期間。報告書の表現をそのまま使っています。

2. 年表(公表資料で確認できた事案)

公表 機関 主な影響 侵入経路 当時の構成 一次資料
2021-10つるぎ町立半田病院(徳島県・町立)電子カルテがランサムウェアに感染し利用不能。紙カルテでの診療が約2か月未確認(調査報告書の原文を取得できていません)未確認。病院長が「各端末はそれぞれ保守点検で外部と繋がっていますが、システム担当者も把握しきれておらず」と発言厚労省MIST 対談
2022-06鳴門山上病院(徳島県・療養)電子カルテと院内LANが停止。2日後にオフラインバックアップからサーバーを回復し、3日後から可能な範囲で通常診療を再開未公表未確認(オフラインバックアップあり)第1報・第2報
2022-10(報告書 2023-03)大阪急性期・総合医療センター(大阪府・865床)基幹システム再稼働まで43日、診療システム全体の復旧まで73日。漏えいの可能性は「極めて低い」委託先経由。給食委託事業者側の保守用VPN機器(既知の脆弱性・公開されていた認証情報)→常時接続のRDP→共通パスワードで電子カルテ等へ拡大閉域網+オンプレミス。ただし保守等のための外部接続が十数か所調査委員会報告書
2024-02国分生協病院(鹿児島県)画像管理サーバーが暗号化。救急・一般外来を約3週間制限。漏えいの可能性を否定できず個人情報保護委員会に報告保守回線。業者が外部から保守するための回線の院内機器に、認証なしでリモートデスクトップ接続できる設定未確認(オンプレミスの画像管理サーバーに業者の保守回線)3/4 お知らせ・3/18 再開
2024-05(報告書 2025-02)岡山県精神科医療センター(岡山県・255床)電子カルテ停止。仮復旧まで約2週間、完全復旧まで約3か月。最大約4万人分の個人情報が漏えい(共有フォルダ)保守用VPN装置(推定)。推測されやすいID/PW、2018年設置以来未修正の脆弱性、サポート終了済み機器閉域網+オンプレミス(データセンターと院内を専用網で接続)調査報告書
2025-02宇都宮セントラルクリニック(栃木県・健診)外来・検査を制限し、約3か月後に全業務を再開。最大約30万人分の漏えいの可能性未公表(捜査中のため開示できる情報が少ないとの説明)未確認公表・再開
2026-02日本医科大学武蔵小杉病院(神奈川県・大学病院)ナースコールシステムのサーバーが攻撃され、患者約13万人・職員等約1,700人の情報が漏えい(カルテ情報は含まれず)。外来・救急は継続、一時救急受け入れを制限医療機器保守用VPN装置(脆弱性を悪用)未確認第1報〜第7報
2026-09(続報 2026-10-30)佐賀大学(事務部門。医学部附属病院の患者情報を含む)事務部門が利用するNAS(ネットワーク接続型ストレージ)がランサムウェアとみられる被害。事務用端末を9月24日から27日まで停止し、28日に通常業務を再開。9月28日の公表時点では「教育・研究・診療業務に関係するシステムへの影響は確認されていません」。10月30日、学生・教職員等約8万人分と患者情報(診療科・傷病名・受診日等。件数は調査中)が外部へ流出した可能性を否定できないと公表調査中未確認(事務部門のNAS)大学 9/28・大学 10/30・附属病院
2026-10大手前病院(大阪府)病院のメールアカウントへの不正アクセスで職員等の情報が漏えいした可能性。患者情報は含まれずメール(アカウントへの不正アクセス)—お知らせ
2026-10メドレー「@link」(医療機関向け予約・業務支援サービス)第三者による不正アクセスを確認し、10月14日からサービスを一時停止。10月23日、利用者の氏名・誕生月日・ログインID・パスワード、利用した医療機関の名称・最終来院日などの個人情報の漏えいを確認したと公表(対象数は調査中)「不正に設置したプログラムを通じて」2026年9月下旬から10月中旬にデータベースにアクセス。具体的な手法は公表を差し控えるとしているクラウド型サービス(事業者側の事案)。事業者は「長期にわたって運用してきたシステム」と説明お知らせ・調査状況

3. 表から読み取れること

3.1 入口の多くは「電子カルテ」ではなく、保守と委託のための外部接続

侵入経路が一次資料で特定または推定されているのは5件です。そのうち4件(大阪急性期・総合医療センター、国分生協病院、岡山県精神科医療センター、日本医科大学武蔵小杉病院)は、保守事業者や委託先が外から入るために設けた接続が入口でした。

  • 大阪急性期・総合医療センターでは、病院が直接調達していない給食委託事業者側の保守用VPN機器が入口でした。報告書は、その機器に既知の脆弱性(CVE-2018-13379)があり、認証情報が公開リストに載っていたと書いています。
  • 岡山県精神科医療センターでは、外部保守を集約したSSL-VPN装置が入口と推定されています。サポート終了済みの機器で、2018年の設置以来脆弱性が修正されておらず、推測されやすいID/PWが院内の管理者アカウントでも使い回されていました。
  • 日本医科大学武蔵小杉病院では、医療機器の保守用VPN装置が入口でした。被害を受けたのは電子カルテではなくナースコールシステムです。
  • 国分生協病院では、画像管理サーバーの保守回線の機器に、認証なしでリモートデスクトップ接続できる設定が残っていました。

厚生労働省も2026年3月19日、医療機関に向けて「VPN 装置等のネットワーク機器におけるサイバーセキュリティ対策の徹底について」を出し、保守管理体制と責任分界の明確化、サポート終了(EOS)と脆弱性への対応、アクセス制御を確認するよう求めています。同じ日には、医療機器メーカー向けにも、医療機器に接続するVPN装置について同趣旨の注意喚起が出ています。

3.2 「閉域網だから大丈夫」という前提が、更新と監視の空白を生んだ

報告書で当時の構成が確認できる2件は、どちらも外部と切り離した閉域網とオンプレミスのサーバーで運用されていました。それでも外部からの侵入は防げませんでした。

  • 岡山県精神科医療センターの報告書は「閉域網であるから Windows Update 等の脆弱性対策が一切行われていなかった」と書いています。
  • 大阪急性期・総合医療センターの報告書は、発生要因の一つとして「誤った閉域網神話」を挙げています。閉域網のはずのネットワークには、保守や検査のための外部接続が十数か所ありました。

閉域網は、外部との接続点を正しく管理できている間は守りになります。しかし実際には、委託先・保守事業者・部門システムごとに接続点が増え、その管理責任が契約上はっきりしないまま残っていました。そのうえ「中は安全」という前提があるため、OSの更新・パスワード管理・ログの保全が後回しになり、侵入後の横展開を止められませんでした。

3.3 復旧の長さは、バックアップと再構築の設計で大きく変わる

  • 鳴門山上病院はオフラインバックアップから2日後にサーバーを回復し、3日後には可能な範囲で通常診療を再開しています。
  • 岡山県精神科医療センターでは、オフラインバックアップは契約上取ることになっていたものの正しく取れておらず、暗号化を免れた別のサーバーからデータを取り出して復旧しました。完全復旧まで約3か月でした。
  • 大阪急性期・総合医療センターは、サーバーと端末をすべてクリーンインストールし、全体の復旧まで73日かかりました。

3.4 被害は電子カルテの外にも、病院の外にも広がる

ナースコール(武蔵小杉)、画像管理サーバー(国分生協)、事務部門のNAS(佐賀大学)、メール(大手前)、医療機関向けのクラウドサービス(@link)のように、電子カルテ以外のシステムや、医療機関の外にある事業者のサービスが起点になる事案も出ています。とくに多くの医療機関が共有するサービスでは、事業者側の1件の事案が多数の医療機関の業務に同時に影響します。クラウド型であることは、それだけで安全を意味しません。守れるかどうかは、認証・権限・更新・監視の設計と運用で決まります。@link の事業者も、サービスの再開にあたって全機能を開発し直し、「認証およびアクセス制御の強化、パスワードの保管方法の見直し、監視体制の強化」を講じるとしています。

佐賀大学の事案では、事務部門のNASが被害を受け、診療システムへの影響は確認されていない一方で、患者の傷病名などの情報が流出した可能性が公表されました。診療に使うシステムの外にある共有ストレージにも、患者情報が置かれていることがあります。

4. 参考: サイバー攻撃ではなかったが、診療が止まった事例

市立奈良病院(2026年4月)は、当初「ネットワーク監視装置が攻撃を検知し遮断した」と説明されましたが、奈良市が2026年8月31日に公表した報告書(概要版)では、外部からの攻撃ではなかったと結論づけられています。

  • 監視装置のソフトウェアが自動更新・再起動した結果、監視対象が633台から1,954台に増え、それまで学習されていなかった院内の通信が「平常時からの逸脱」と判定され、自動遮断が連鎖しました。最初に異常と判定されたのは、リモート保守用の中継端末からの通信でした。
  • 電子カルテを止め、救急受け入れを約53時間停止しました。予定手術56件のうち18件、外来予約約1,500件のうち約500件を延期し、すべての主要機能の復旧は約3週間後でした。
  • 患者情報の改ざんや漏えい、感染の痕跡は確認されていません。再発防止策には、不要なVPN等の閉鎖と保守用アカウントの棚卸しが含まれています。

自動で遮断する仕組みは、侵入を止める力がある一方で、学習状態や更新の管理が決まっていないと、それ自体が診療を止める原因になり得ます。守りの仕組みも「誰が設定と更新に責任を持つか」が要になる点は、攻撃事案と同じです。(奈良市 報告書概要版)

5. システムを提供する事業者にとっての意味

この表に並ぶ入口——保守用VPN、委託先の接続、リモートデスクトップの設定、共通パスワード——は、どれも医療機関の外にいる事業者が設置・管理に関わるものです。医療機関が事業者に求める説明も、ここに集中していきます。

  • 外部接続をどう持つか: 常時接続の保守VPNを置かない、置くなら誰がパッチと認証情報を管理するかを契約に書く。
  • 認証と権限: 共通パスワードや全員管理者権限をなくし、多要素認証を入れる。
  • 更新できる構造か: サポート終了機器を残さず、脆弱性の修正を当てられる構成になっているか。
  • 復旧の設計: 書き換えられないバックアップと、そこからの復旧手順を実際に試しているか。

厚生労働省の「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」第7.0版(2026年6月)も、同じ問題を名指ししています。

医療分野では、セキュアなネットワークを選択し、境界防御を想定した対応が一般的である。(中略)例えば VPN 装置による境界での対策を過信しており、内部に侵入された際の横断的侵害(水平展開)への対策が不足していたことで、サイバー攻撃の被害が拡大した例も複数存在する。(同ガイドライン第7.0版 システム運用編 13.2「不正な通信の検知や遮断、監視」)

同じ節は続けて、全ての通信の安全性を検証する「ゼロトラスト」の考え方を紹介しています。第7.0版では、サーバーのセキュリティアップデートを事業者に委託する医療機関向けの「保守委託機関編」も新設されました。医療機関は、事業者に対して「サービス仕様適合開示書(SDS)」などで、こうした点の説明を求める立場にあります。ガイドライン第7.0版の改訂点は「医療情報システム安全管理ガイドライン第7.0版 改訂まとめ」で整理しています。

6. 掲載の基準と、まだ載せていない事案

  • 載せる基準: 病院・自治体・調査委員会・厚生労働省のいずれかの公表資料を、本文まで確認できたもの。各行に一次資料へのリンクを付けます。
  • 載せていないもの: 公式サイトを確認できず報道だけが出所になっている事案(例: 2026年3月に静岡県の病院で起きたランサムウェア被害)、公式の発表が削除されて確認できない事案(例: 2021年5月の市立東大阪医療センターの医用画像参照システムへの不正アクセス)。一次資料を確認でき次第、追加します。
  • 書かないこと: 被害を受けた機関の対応の良し悪しは評価しません。報告書が指摘する原因は、多くの医療機関と事業者に共通する構造の問題として扱います。

出典(一次資料)

本表は各機関が公表した資料の記載だけをもとに作成しています。公表後に内容が更新されている場合や、調査が継続中の事案があります。個別の事実関係は必ず各機関の原文をご確認ください。本記事は特定の機関の対応を評価するものではありません。

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